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久保建英の兄弟教育!父と母の職業はプロスポーツ選手!?国籍は?

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今回取り上げるのは、久保建英選手

バルセロナの育成組織にいたこともあり、話題になり、その確かな実力から最年少のJリーグデビューを果たした。

今回は、その天才少年、17歳になり、天才サッカー選手としての将来が大変期待されている久保建英が受けてきた教育に焦点を当てて記事を書いていきたい。

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久保建英の凄さ。まごうことなき天才である

まずは、久保建英がまごうことなき天才であることを紹介する。

メディアでこうして話題になっていることは大抵の場合、持ち上げすぎであったり、話題性から人が見るからよいしょよいしょしまくっていることが多いからだ。

しかし久保建英の場合は、本当に天才である。

サッカーを始めたのは3歳の時。

小学二年生7歳になると、FCバルセロナキャンプに参加して、MVPを獲得する
翌年、バルセロナスクール選抜としてベルギーで開かれるソグデソ・ヨーロピアン・ルーカスカップに参加。ここでもMVPを獲得。しかも驚くべきことは、通常は1位のチームから選出されるMVPがあまりにも久保建英の活躍が際立っていたことから、慣例を無視して3位のチームから選出されたということだ。このとき9歳である。

小学3年生には一時帰国してすぐ、少年サッカー界では超有名人であった久保建英はすぐにスカウトされて、川崎フロンターレの育成組織に所属。この時の合格率は0.2%。5000人受けて、10人しか合格していない狭き門だ。

その翌年、再びスペインに渡航。FCバルセロナの下部組織カンテラの入団テストに合格。10-11歳で構成されるアレビンCに入団して、30試合74得点でリーグ戦得点王を獲得

翌年には、U-12トーナメントに出場。当然のように大会得点王とMVPを獲得。その年のリーグ、トーナメントを総なめし優勝制覇を果たした。

その後、バルセロナの育成組織であるインファンティルAに所属するも、バルセロナ側の不手際で外国人選手獲得・登録違反をおかしてしまっており、久保建英は公式戦出場停止処分が続いたために帰国した。

ここまでが、久保建英での海外での評判だ。海外での活躍時は、同年代では多くの外国人選手がいる中で、しかもバルセロナというトップクラブの傘下であるにもかかわらず、トップを走り続けている。

まさしく、天才と言ってもいいだろう。やはり、血筋なのだろうか? 血筋を追う上で、手がかりとして久保建英には弟がいる。久保建英の弟についても少し触れていく。

久保建英は天才の血筋か。やはり弟もすごかった

久保建英の弟のことを調べていると、情報はとても少なかった。

しかしネットで調べればちょこちょこ出るぐらいには、情報が存在していた。
それは、弟はマリノスプライマリーという、横浜Fマリノスの育成組織に所属している11歳であるということだ。

当たり前だが、育成組織である以上、コネで入れるものではない。10億20億と寄付をしているのであれば別かもしれないが、久保建英の弟、久保瑛史に限っては、そうではないようだ。


このようなツイッターも出てくるし、0.1%の狭き門に合格したサッカー少年であるようだ。

兄弟そろって、サッカーがプロレベル、プロ候補レベルにうまいというのは、ますます血筋な気がしてくる。父親、母親はいったい何者なのだろうか。親は何かのスポーツ選手なのだろうか。

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久保建英の父親の職業はプロスポーツ選手?

まず久保建英の父親についてだ。

彼は何かスポーツ選手なのだろうか。

調べてみると、小学生の少年サッカーチームのコーチをやっていたらしく、それが久保建英のサッカーのルーツなようだ。しかし調べても調べても久保建英の父親がプロスポーツ選手だったという情報は出てこない。

そしてついにたどり着いた。

久保建英の父親の職業は、ミサワホームのサラリーマンだった。ごくごく普通、しいて言えば大企業であるしいいところに努めてるなーぐらいのものである。

しかしミサワホームのサラリーマンの息子が、世界レベルで活躍が期待できるサッカーの才能を持っているというとすごく違和感があるのは間違いないだろう。

では、原因はお母さんか?久保建英の母親の職業に関係があるのだろうか。

久保建英の母親の職業はプロスポーツ選手?

久保建英の母親の情報について調べてみた。

しかし情報がほとんど出てこない。久保建英の母親がスポーツ選手だったという話は一切出てこない。
それどころか、「久保建英の母親は一般人」であるという情報がわんさか出てくる。
中には、「久保建英の母親は東京大学卒」という情報もあったが、どうやらこれはガセなようだ。

専業主婦でもやっているのかもしれない。

つまるところ、
久保建英の父親は、ミサワホームのサラリーマンをやっていて、地元少年サッカーチームのボランティアコーチをやっているという、よくあるお父さん像を持っている
久保建英の母親は、サラリーマンの嫁となって、二人の息子を生んだ、特にスポーツ選手として光っていたこともない一般人。

つまり血筋ではなかったのだ。「母親は東大卒業」なんて言う話も、あまりにも平凡だった家庭に対して、天才少年たちが生まれた要因を作るために憶測で噂が流れたのだろう。

さらに父親と母親の国籍も調べてみたが、日本人だった。まちがいなく普通の日本人の子供2人が、天才サッカー少年として花を咲かせている。

では何が原因なのか、血筋ではないとしたら要員は一つだろう。

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久保建英と弟は、父親母親の教育のたわものだった

才能が受け継がれたものでなかったということは、”教育”だ。久保建英と久保建英の弟の今があるのは、間違いなく父親と母親の教育によるものだろう。

これ以外にあり得ない。

子供の能力には、親の遺伝と親が与える環境の2つが二大要員なのだ。

ここまで遺伝的要因が排除されたなら、教育が素晴らしかったのだと考えるのが当然と言える。

しかし中学生でプロJリーガーとしてデビューすることができるような子供は、一体どんな教育を施したのだろうか。

久保建英の父親と母親の教育とは

まず1番目立つ教育として、
「できるだけ朝から晩まで外で遊ぶように」という思考があったようだ。

そのためにやっていたことは数知れない。

例えば、家には、テレビとソファがなかったようだ。テレビがあれば、家で時間をつぶしてしまうし、ソファがあれば居心地が良くて、家にいついてしまう。

加えて、おもちゃのたぐいも1つも与えなかったらしい。おもちゃを与えたなら、おもちゃで遊んでしまい、当然外に行くことを妨げてしまう。

2つだけではない。「朝から晩まで外で遊ぶように」という考え方は一貫しており、1日3食分の弁当を持たせていたんだとか。昼と夜の弁当を持たせるだけならまだわかりますが、朝までというのは凄すぎる。

1つのことに一貫してどこまでも突き詰めることに、母親と父親の教育的一貫性が見て取れます。こうした一貫性というのは、計画や展望がしっかりモテていないとできることではないですし、母親と父親はとても優秀であったのは間違いないでしょう。父親はミサワホームに努めてますしね。

「一日中外で遊ばせてたら、子供がJリーガーになっていた」なんてそんな放牧物語あるわけないだろうと思いますか?当然です。ネイマールじゃあるましい、そんなわけありません。特に父親のサッカー指導法が役に立ったようです。

※(ネイマールは、鼻たれ坊主だった時、サッカースタジアムで階段をぴょんぴょんかけまわっているのを見て、サントスのスカウトマンが「なんて身体能力なんだ」とびっくりして、うちの育成組織に来ないかとスカウトしたのが)

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久保建英の父親の教育は目的へのプロセスが凄い

久保建英の父親は、最初から「どうすれば息子がプロとして試合で活躍できるのか」を目標にして指導をしていたのだとか。

試合に必要な要素・スキルは、なにがあるか。

体力、ドリブル、フェイント、足の速さ、体幹の強さ、状況判断能力。この中で最も優先順位が高いものはどれだろうか。では、その優先順位が高いものは一体どのようにして育成していけばいいだろうか。

状況判断能力なら、今日何回周りを確認したのかを数えさせるとか、通り過ぎる人は走っていたとか急いでいるとか、どこに向かおうとしているとかを口で報告させたりとか。

もちろんそれがうまくいかないときもある。しかし目標は一貫していて、しっかり軸があり、どこまでもぶれず、足踏みしない。そんな父親としての努力が、久保建英と久保建英の弟を生み出したようだ。

計画も作っておしまい、伝えておしまい、なぜやっていないんだという、一方通行押し付け教育パターンではない。

父親はミサワホームに通っていたと言ったが、なんと仕事に行く前に毎朝朝練に付き合っていたとか。自分の人生を犠牲にしてでも子供い投資していこうという覚悟があったのは間違いない。

久保建英と父親、そして久保建英の弟は、努力の天才

調べてみて分かったことは、彼らが決して才能が有ったわけではないということ。

ごく普通のサッカー好きのお父さんが、どこまでも突き詰めて子供教育の方針を決めて、努力した。

久保建英の身長は173cm。普通ごく普通の日本人だ。
この父親と久保建英、そして久保建英の弟は、非才が天才になるための努力を積み上げた証明であるのは間違いない。

そして、久保建英の母親の器の大きさに感服する記事であった。